スペインの世界遺産について〜世界遺産へ旅立つ前に

スペインの世界遺産をめぐる〜世界遺産の旅行ガイド
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ペニョン=デ=アルセマス島
 こちらでは、スペインの中でも特に知られていない島嶼部を中心に、世界遺産をご紹介したいと思います。かつて、多くの海外領土を持っていたことで知られるスペインは、今でも本土以外に幾つかの領土を有しています。本土以外のスペイン領は、いったいどのような地理・歴史を持っているのでしょうか。個別の世界遺産に進む前に、まずはスペインの島嶼部・海外領土についてのお話を見ていきましょう。


◎スペイン島嶼部
目次
 
 こちらでは、スペインの中でも特に知られていない島嶼部を中心に、世界遺産をご紹介したいと思います。かつて、多くの海外領土を持っていたことで知られるスペインは、今でも本土以外に幾つかの領土を有しています。本土以外のスペイン領は、いったいどのような地理・歴史を持っているのでしょうか。個別の世界遺産に進む前に、まずはスペインの島嶼部・海外領土についてのお話を見ていきましょう。


◎スペイン島嶼部・海外領土の地理

 スペイン王国に属する島嶼部の自治州は、バレリアス諸島・カナリア諸島の2つ。その他に海外領土として、北アフリカにセウタ・メリリャという2つの都市、ペニョン=デ=ベレス=デラ=ゴメラと呼ばれる基地を有しています。(厳密には、スペイン政府はこれら北アフリカの領土を本土と同列の固有領土と見なしているので、植民地・海外領土という認識ではないです)また、地中海にもチャファリナス諸島・ペニョン=デ=アルセマス島という2つの島を領有しており、これらは自治州にはなっていません。(ほとんど無人島に近い状態なので自治のしようがないですし……)
 それでは、これらのややマイナーなスペイン領について、その地理をご紹介したいと思います。


1.バレリアス諸島自治州

 地中海に位置する群島で、諸島で最大のマジョルカ島を中心としています。州都はパルマ=デ=マジョルカで、公用語はカタルーニャ語とカスティリャ語が併用されている状態です。島とはいっても100万人近い人口を持っており、観光地としても人気があるため、1つの州として充分な規模を持ってます。特に州都であるパルマ=デ=マジョルカに限定すれば、都市としてはスペイン全土で第9位の人口を擁しており、非常に活気のある地域といえます。


2.カナリア諸島自治州

 大西洋上、北アフリカ沿岸部にほど近い群島で、特に大きいテネリフェ島とグラン=カナリア島の2島が中心となっています。テネリフェ島にある都市:サンタ=クルス=デ=テネリフェとグラン=カナリア島にある都市:ラス=パルマス=デ=グラン=カナリアが共同かつ対等に州都と定められており、公用語は主にカスティリャ語です。
 ちなみにカナリア諸島州の人口は200万人を超えており、これはスペイン総人口の4.5%に相当します。観光地として知られた場所なので、やはり孤島といったイメージではなく非常に活気あふれた地域になっています。実際、前述のバレリアス諸島にも、このカナリア諸島にも国際空港が置かれており、いわゆる「本土から離れた地域」といったオーラはありません。本土から大きく離れた島嶼部がしっかりと賑わっているということに関しては、地方行政の側面から見倣うべき部分があるかもしれませんね。


3.セウタ及びメリリャ

 いずれも、北アフリカ:モロッコ沿岸に位置する都市。一定の自治権を有しており、スペイン議会に議員を送っている。ただ、本土からのフェリー便では行き来に時間を要するため、経済的にはモロッコ側との流通のほうがずっと多く、街並もほとんどモロッコの街と変わりません。
 モロッコ政府はこの2都市の領有権を主張していますが、スペイン政府は「固有の領土である」として応じていません。歴史的には15世紀、イベリア半島に進出していた最後のイスラーム王朝であるナスル朝を滅ぼした(レコンキスタの完了)スペイン軍が、余勢を駆って北アフリカ一帯を領有した経緯があり、この2地域に関してはそのままスペイン領として現在まで続いているということになります。


4.チャファリナス諸島

 諸島全体が国立自然保護区となっており、絶滅寸前の動物が生息していることで知られています。定住している人口はなく、軍駐屯地に僅かな軍人が置かれている以外には環境省から派遣された研究員数名が活動しているだけです。


5.ペニョン=デ=アルセマス島

 モロッコの沖合300mに位置する島で、16世紀以降はスペインの犯罪者流刑島として用いられていました。後になって19世紀に勃発したスペイン=モロッコ戦争ではスペイン軍の前線基地ともなっています。
 わずか170m×86mの小さな島ですが、中には教会・商店といった建物が存在し、現在はスペイン軍の砲兵連隊が駐留しています。


6.ペニョン=デ=ベレス=デラ=ゴメラ

 北アフリカ:モロッコの沿岸にある小さな半島であり、その全長は400m程度しかありません。スペイン=モロッコ戦争の折には駐留軍を強化して前線基地としての役割を担いました。現在の居住者は駐留している僅かな軍人のみであり、戦略的な価値も皆無となっていますが、今のところ手放す予定はないようです。


 以上、スペイン島嶼部・海外領土に関するまとめでした。これらを知った上で、個々の世界遺産を調べてみると、より深くスペインの世界遺産を理解できるのではないかと思います。


◎スペイン海外領土にまつわるエピソード
 〜太陽の沈まない国

 16世紀、ハプスブルク家統治下のスペイン帝国はヨーロッパ諸国の中でいち早く中央集権体制を整備し、早熟の専制国家として世界の覇権を手にしました。父であるスペイン王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世を兼任していたハプスブルク家の君主)からスペイン王位を継承したフェリペ2世の時代が、その最盛期といって良いでしょう。
 16世紀のスペイン王はポルトガル王を兼ねていましたし、大航海時代に積極的な外征を行ったことでアメリカ大陸の大半(北は現在のアメリカ合衆国から南米はブラジル以外の全域)を治めていましたし、アジアではフィリピンを獲得していました。また、北アフリカの一部・ネーデルラント(現在のオランダ)・両シチリア(南イタリアとシチリア島)・サルデーニャ島までもを領土としており、まさに他の追随を許さない一大帝国として世界に君臨していたのです。この圧倒的な制海権を駆使して大西洋貿易を盛んに行っていたことから、経済力でも群を抜いていました。
 また、早期から外海に出て大航海時代を牽引した経験によって、航海技術には非常に優れていました。要するに、スペインは海軍力においても圧倒的な力を誇っていたということです。当時のスペイン海軍は“無敵艦隊(アルマダ)”という称号で呼ばれており、他のどの国でも手を出すことはできませんでした。
 世界の至る所に領土を持つスペインは、常に国内のどこかで太陽が昇っている状態でした。その事実と、この輝かしいまでの強大な経済力・軍事力から、当時の人々はスペイン帝国を“太陽の沈まない国”と呼んでもて囃したのです。
 しかし、この栄華は長く続きませんでした。スペインは世界初の覇権国家なので、この時代には「広大な植民地で反乱などを起こさないように安定した統治を行う」という手法が確立していませんでした。なにぶんにも前例がないことでしたから、スペインに出来ることは圧倒的な軍事力で押さえつけることだけだったのです。結果、まずはネーデルラントでスペインからの独立運動が起こりました。オラニエ公ウィレムを中心として、ネーデルラントの北部7州が対スペインの独立戦争を始めます。当時のネーデルラントは経済規模が大きく、この地域に反旗を翻されたスペインは大きな内憂を抱えることになったのでした。
 また、各国の航海技術が向上してきたことと、スペイン海軍が代替わりして大航海時代を直接に支えた層がいなくなったことなどもあり、自慢の海軍力にも陰りが見えてきてもいました。実際、この頃の“無敵艦隊”指揮官は有力貴族であって、大航海時代を生き抜いた船乗りではなかったのです。
 一方、当時に地道な工業力と実力主義の人材抜擢で急速に力をつけていた国家がありました。エリザベス1世治世下のイングランドです。エリザベス1世は新教(=プロテスタント)を信じており、旧教(カトリック)国家であるスペインとは元々折り合いが良くありません。さらに、前述したようにスペインからの独立を目指して反乱を起こしたスペイン領ネーデルラント北部も新教の地域であったことから、イングランドはネーデルラントの独立を支援する介入を始めたのです。
 フェリペ2世としては、これを放置するわけにはいきません。ネーデルラントへの介入を宣戦布告と見なしたスペイン帝国は、イングランドと交戦状態に入ります。
 しかし、この頃の“無敵艦隊”は権威が先行した規模が大きいだけの海軍であり、指揮官もメディナ=シドニア公という貴族でした。対するイギリス海軍の指揮官は、船による世界一周を達成した元海賊――フランシス=ドレークです。結果はもう予想がついていることと思いますが、能力があれば海賊あがりでも指揮官に抜擢するイギリス海軍のリアリズムは、権威主義に染まったスペイン海軍を圧倒しました。ドレークは火薬を積載して火を放った無人の船を“無敵艦隊”に激突させるという海賊らしい作戦を駆使し、イギリス側さえ予想だにしなかった圧勝をおさめます。(アルマダ海戦)結果は、スペインの“無敵艦隊”が沈没約10隻+逃走中の難破・行方不明54隻に対して、イングランド海軍は自ら火を放った無人の船8隻を失っただけでした。命からがらスペインに帰還した艦隊も、ほとんどが大破しており、ここにスペイン“無敵艦隊”は壊滅しました。
 この敗戦を皮切りに、スペインは急速な衰退を始めます。17世紀半ばにはネーデルラント連邦共和国(オランダ)が独立を達成。後に勃発したドイツ三十年戦争では惨敗を喫してフランスに不平等条約を押しつけられます。終いにはハプスブルク家が断絶し、王位継承問題がこじれてヨーロッパ諸国が戦争状態となったスペイン継承戦争に巻き込まれ、フロリダやジブラルタルを喪失。ヨーロッパにおけるスペインの権威は失墜しました。この後、スペインがかつての栄光を取り戻すことはなく、世界の海洋覇権はイギリス――大英帝国へと移ったのです。


以上、スペインにまつわる歴史のエピソードでした。次ページからは個別の世界遺産をご紹介していきます。



※当ページで使用している画像はwikipediaからの引用です。
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